マニアックと言えば、マニアックなのかも。
残価設定型のクレジットで買った車を、いよいよ返却する時期が近づいてきて、
中古で他社の車を検討していた息子。
(考えてみたきっかけが、連日息子ですみません。)
彼が、某ディーラーの担当営業Aさんと話をしていた時のことです。
このAさん、昔から夫婦ともにお世話になっている人で、
お客さんに尽くしすぎる、どんな時も嫌な顔一つしないで応対してくれる、本当に頼りになる方なんです。
息子のことも小さい時から知っているので、新社会人になって初めて買った車も担当となり、
残価設定の下取りを前に、状態を見つつ、話題は中古車のことに。
「今、このル●ーとホ●ダの2つで迷ってて。」
「うわ~。俺、ル●ー買わせるぐらいなら、ウチの買わせるわ。」
ワハハハハハ!それ、販売店内で言っちゃダメなんでは?
「もう一つの方ね、これ欲しがる人は、いつでも欲しがるけん、
値段がちょっと・・・やけど、どっちかで言うなら、こっちがいいんやない?」
販売店内で、正直に?別メーカーの車を勧めるのも、
「あ~、○○君(息子の名)、もうこうやって、ここに来んのやね~」などど寂しがるのも、
この方の人柄。
本当に、車も好きで、人も好きな、【営業】のプロなんです。
(どんなに車のプロだと自負していても、人が心底好きでないと、こんな接客はできない。
特に、何かあった時、対応が全く違うと思います。
車専門のプロが、売る方、接客もプロかどうかは、別の話ってことですね。)
その時、こんなことを言っていたようです。
「いわゆる、一般の、ふつうの人があまり選ばんっていうか、
いわゆるマニアックな車、みたいなもんがあるんよ。
中古車屋さんは、万人受けする黒とか喜ぶんやけど。
それ見越して、黒選ぶっていうのも手なんやけど。
でも、こういったマニアックな車って、どんなに古くなっても欲しがる人もおるんよね~。」
息子が選んでいたのは、ツーシーターのスポーツタイプの軽自動車。
(ちなみに私が探し当てました~。私、なんか中古車探すのは、うまいみたい。
検索力!ってやつですよ。フッフッフッ・・・。)
「多分、見に行ったらね、いいとこしか目につかんよ?」と、笑いながら送り出してくれたそう。
この車、その後(「Aさんの言うとおり、いいとこしか目につかんかったわ!」らしく)買ったのですが、
そこの中古車屋さんも、「この手の車、仕入れて1週間くらいですぐ売れるんで」とのこと。
う~ん。マニアックな車、恐るべし。
ちなみに、前職の会社の後輩がMR2という車に乗っておりました。
彼女は、本当にその車を溺愛しているので、
中身を総入れ替えして、乗っております。
車本体は、30年いかないくらい経っているはず。
試しに中古車検索サイトで、MR2を入れてみたら、
走行距離や年式に拘わらず、そこそこのお値段で売られていて、
好きな人には、古くても何でも欲しい車なんだな~と実感した次第です。
さて、マニアックといえば、もくせい工舎の家も、
なかなかマニアックである。・・・と、言えないこともないのかなというお話です。
こだわりの豆腐、こだわりの蕎麦、なんていうといかにも美味しいのでは?と思います。
こだわりの・・・は、その枕詞でもあるのですが、
こだわっているから、美味しいと感じるかは個人の話。
でも、こだわっている本人を前に、「あんまり美味しくない」とは言いづらく、
こだわっている=ちょっとメンドクサイ感じも否めません。
こだわっているからにはの、プライドがある。
すると、前述のAさんのように、人好きでない限り、ムッとしてしまう。
接客のプロではないからです。
だから、こだわっているに付いてくる、なんとなくメンドクサイ感じは、
そんなことを思い起こさせるからではないでしょうか。
これは、いたしかたない。
こだわっていることは、いささかのメンドクサイ感じを内包している。
ただ、前述の車のように、ツボるひとがいる。
これでないと!と、思う人がいる。
木の家を嫌いな人がいるとは思えないけれど、
なんとなくメンドクサイ感じを受ける人は少なからずいる。
キズが付きやすいのでは?とか、お手入れが面倒なのでは?とか。
でも、同じ理由でメラミン食器ばかりでご飯食べても、味気ないのです。
やっぱり、土でできた器を手に取り、木のお箸を使い、
自然の力強さを感じるご飯を食べる。
メンドクサイ感じを内包しながら、これでないと!と思うものに囲まれて生きていく。
これをマニアックだと言えば、マニアックなのかもしれない。
言い換えれば、これでないと!と思って建てた家は、
これでないと!と思う人の心を動かす。
メンドクサイ感じを内包しながら、こだわった家は、
やっぱりどこか、メンドクサイ感じの誰かの心を掴むのかもしれない。
車なんて、動けばいい。
家なんて、寝に帰ればいい。
どうでもいい。
そんな「どうでもいい」で、満たされないでいたい。
例え、マニアックだの、メンドクサイだの、言われることになっても、
これでないと!と思えるものに、
私は出会っていきたい。
なぜなら、私だって、そこそこメンドクサイからです。
人間、というのは単体でなく、
人と人の間、関係性のことだったとは、誰の言葉だったか。
そこには、やっぱりどこかメンドクサイを内包しながら、
完全に排除するのも味気ない。
そういった、【間柄】のようなものが含まれている。
マニアックといわれようとも、もろもろのメンドクサイを抱えて、
この世界を、「どうでもいい」で満たすことなく、生きていきたいなと思います。