自分のことなら

以前小学校の人権講演会で、mottoひょうご事務局長の

栗木 剛さんのおはなしを聞いたことがあります。

大変面白い方で、運転免許を持たず

市街地の駅からおらが村の小学校まで徒歩で歩いて来校されました(・ω・)



その中で、開口一番、栗木さんが言ったのは

「男女差別だろうが、児童虐待だろうが、部落問題だろうが

どの人権問題も、基本は同じ!

自分がされて嫌なことは、例え相手が我が子であっても、しない!

・・・ということです(*^_^*)」



「だって、アイツ〇×やけ、仕方ないやん」

どんな「正当?」な理由があろうが

反対の立場だったら?

・・・それを想像するしかありません( ̄▽ ̄;)



人対人のこともそうですが、想像を絶するような体験をした人にもそうで

自分はそんな体験をしたことがない。

でも、もし、今。この瞬間にそれが自分に起こったことなら?

どうなっているのか?・・・家族は?友人は?ペットは?

どうしたのか?どう思うのか?



もう、必死になって考えるしかない(・ω・;)



それが自分の身の上に起こったとして

それを「だって、アンタが悪いんやけ」

「だって、仕方ないやろ?」

・・・で、済まされたら?



想像するしかない。

自分の身に置き換えて。

想像するしかない。



どんなに勉強ができようが

どんなに立派な肩書を得ようが

反対の立場を想像できないなら

どんな「正当?」な理由も

自分の立場のためでしかない。



泣いている側の人を

自分の身に置き換えて想像するしかない。



相手を「思いやる」とはそういうこと。



相手を思いやりなさい。

約束を守りなさい。



色々な言い訳をして、大人が約束を守りもしないで

子どもたちに何を偉そうに言えるのか。



天災はともかく、人災なら。



ご立派な人は、いざとなったらご立派な言い訳をして逃げていく。

「非常に遺憾です」

そう、一言いえば。

どんなにエラくなったって

人間が将棋の「駒」にしか見えなければ

その立場のために、どんだけの人が泣いたらいいのか。


想像して。思いやって。

本当は、たったそれだけ。

自分がされて嫌なことは、・・・しない(・_・)

ご立派な言葉を知らなくても、

仲良くなる方法なんて、きっと子供たちの方が知っている(´・ω・`)

長崎・下の川。スペインの子供たちの絵

自分が仲良くできない、気が合わないから

「おう、お前ら。ちょっと行ってやっつけて来い」?



・・・・あんだけ立派なコト言っといて

・・・・そういう、あんたは行かんのかい!? ( `ー´)ノ

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